What is real SAMURAI

日本人に限らず外国の人々も「SAMURAI」を好む。
サムライ、侍、SAMURAI・・・
私は気軽に侍◯◯とか現代の侍などという表現があまり好きではない。むしろ侍に本質も知らずに安易に冠に「載せる」ことが好きではない。

実際に何が侍なのかは明確ではないし、共通点など見当たらないケースの方が多いくらいだからだ。

私は未熟であるが剣道では有段者の末席にいる。
剣の師匠は「根岸利三郎 翁」という。
剣道界では名もなきこの翁を師匠と言うには訳がある。
剣術だけでなく、翁の生き方そのものが侍そのものだった。

中学生の頃、剣道の指導者が変わるという事で道場に行くと、枯れ木の様なその翁は既に瞑想をしていた。勝手に若手の指導者をイメージしていた私は拍子抜けしたものですが、目が合うなり枯れ木の翁は優しく微笑みながら、小僧の私にも丁寧に挨拶をしてくれた事をよく憶えている。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

「枯れ木の翁」は道場では小僧に対しても一切の手抜きも妥協もしてくれなかった。
面を付けていても頭が割れるかと思われる一閃を脳天に振り下ろしてくるし、手首から先が落とされたのではないかと思う鋭い小手も入れてくる。組み合えば腕力だけで数メートルも私を吹き飛ばす剛力だった。挙げ句の果てに吹き飛ばされた私を追いかけて来て「とどめ」を刺す。
悶え、いじける私に「ほれほれ!」と立つ事を促した。立ち上がっても同じ繰り返しなのだが。。。

「枯れ木の翁」は稽古が終わり、礼を済ますと愛車の「スーパーカブ」に乗って早々に道場を後にする。畑仕事が待っているのだ。そう、枯れ木の翁の本業は農業なのだ。防具袋と竹刀を畑の脇に置いてせっせと畑仕事を始める。中学当時の私は自分の師匠が剣術家でなく、畑仕事と剣道のいわゆる「半農剣士」であることが恥ずかしかった。昇段試験の会場でも師匠の名前を聞かれてごまかしたこともある。

「枯れ木の翁」はどこまでも素朴だったが、一度だけ悩みを聞いてもらった事がある。どう考えても理不尽で堪忍ならざるその悩みをひと通り聞いた後にひと事。

「義をもって己の心を制すべし」

つまるとこと、万事に関して正しいことが侭なるものではなく、自分で正しい、もしくは正義であると信じるのであればその事のみを大切にしてゆけばそれでよし。ということだ。

そして、また「枯れ木の翁」はカブに乗って畑に向かった。
たまの悩みくらい優しい言葉のひとつやふたつを期待していた私は「いつも通り」の拍子抜けをしたものだ。

私が高校生の時に「枯れ木の翁」は亡くなった。
人づてに訃報を聞いた時の感想は
「そうか・・・枯れ木の翁でも、な。」

それから大きく時間は流れるが、今の私には「枯れ木の翁」の生き様には敬意しかない。当時の私の未熟さが少しだけ成長したのだろうか。

1097597_58701925

誰に持て囃されるわけでもなく、ひっそりと剣を磨き、一生懸命畑を耕す。その生き様を意識する訳でもなく、アピールする訳でもなく清々しく生きる。

サムライとは身分でも何でもなく「生き様」そのもので、それは得てして「目立たぬもの」ではなかろうかと思う。そして「枯れ木の翁」はそんな影響を与えたことすら知らぬまま、「あの世の翁」になった。

畑仕事の地味な老農夫が想像も出来ない剣撃を繰り出す。
サムライを気軽に使う人々を考えると苦笑いしか出ない。

456847_60691658

Written by Yuichi Seshimo STAGEWORKS.inc


 

One Response

  1. 梅澤百合子

    2015/02/20 09:30, 返信

     今日は、私はサムライ根岸の娘です。あなたのブログをワクワクしながら読ませていただきました。              夕べ、茨城県に嫁いだ娘から聞いて、すぐ開かせていただき、読ませていただきました。懐かしく、心あたたまる想いです。   私の父は、明治39年生まれで、101歳で還らぬ人となりました。                           父のこと、覚えていていただきありがとうございます。       前橋市議会議員  梅澤百合子  

コメントを残す

(*) Required, Your email will not be published