味のある街、青梅を歩く。

冬季の休日の多くは白い世界で過ごすのが常の私。
久しぶりに雪に触れない休日を過ごしました。

先日のスキーで夫婦揃って滑走中に小石を踏んで滑走面を痛めてしまったためです。載せるべき主は下界で過ごし、負傷したスキーは最高のコンディションの白馬で修理を受けるという憎い構図。。。

妻の発案で、私たちの住む立川から電車で30分程の距離にある青梅の街の散策に出る事に。南を走る甲州街道と並走する奥多摩街道の入り口に位置する青梅は奥多摩の玄関口で、ここから先は奥多摩、塩山を経て甲府に至るまで市街地というものは一切ない。

奥多摩には私たち夫婦が気に入っているカフェやレストラン、更には登山をするために時々訪れるためにここ青梅は幾度も通過する事はあれど、じっくりと「歩き回る」ことは意外にも初めてでした。

青梅の街は、昭和の街をアピールしているだけあって駅でさえノスタルジーに溢れる雰囲気作りを意識している。
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もちろん、この映画が上映されているわけではない。
昭和42年といったらまだ私が生まれる前ではないか・・・昭和。

今回は、妻の友人がこの正月に歩いたという「青梅七福神巡り」を再現しようという企画。ここだけの話、我が家は私の発案は多くあれど妻の発案による紀行は数えるほどしかないので、少し興味深かった。もっとも妻が前日に用意したのは観光協会の発行するフリーハンドの地図一枚のみ。

「フリーハンドの地図ほどあなどれないものはない・・・」

降り立ったロータリーで既に「どこに向かうんだ?」と。
発案者の妻は駅員に詳しい地図を所望して、駅舎脇の観光協会を案内される。観光協会の方に頂いた地図はなんと・・・

「別バージョンのフリーハンド地図・・・」

こうなったら頭に入れた「ごく一般的な地図」とフリーハンドの地図をイメージしながら進むしかない。と思いつつも妻はロータリーを出る時点で

「たぶんこっちだ」

まぁ、今回は妻の発案だから。。。
ちなみに今回の散策は常に終始こんな具合に進みました。

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今の時代、線路を横切る際にこんな写真を撮れるのは圧倒的な電車の本数の少なさ、単線、歩行者用の踏切(遮断機などない)のなせる業。

線路を渡った先は雑木林になっていたが、目指す寺院への方角は間違っていないはず。(この時点で既に私が先導)
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雑木林には冬とは思えぬ緑をたたえる見事な孟宗竹の竹林が広がっており、「原始的な方角」を頼りに私たちは歩く。

竹林と少しの雑木林を抜けると「小曽木街道」へ出る。街道を20分程度進むと最初の目的地に到達する。
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天文年間に開山した「聞修院」
七福神の中で「寿老人」を祀る。

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境内にある地蔵様の足下には昨夏の名残か、蟬の脱け殻。
朱印を賜って辞する際に院の方に「お大事に・・・」と声を掛けられた事と相まって何とも風流とロマンを感じる寺でした。なるほど寿老人は延命長寿を司る神様。

もと来た小曽木街道を青梅方面に戻ると奥多摩街道にあたる。ここを西に進めば第二の目的地になるはずだが、ほぼひと駅区間を歩く事になる。ひと駅区間というと身じろぎしてしまいそうだが、そこは元の街道筋、沿道にも見るべきものは何かしらある。

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旧稲葉家住宅。土蔵作りのこの旧家は江戸末期の建築とされる青梅宿の町年寄の旧宅。内部は改装は加えられているが重厚な柱と急な階段など、基本構造は往事のままを残している。明るい日差しの差し込む家も良いが、どこか落ち着く雰囲気があるのは日本人独特の感性なのだろうか・・・

奥多摩街道を更に進むと第二の目的地に到達する。
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入母屋造の庫裏を持つ「明白院」永禄年間の創立だそうだ。
永禄年間というと戦国時代まっただ中である。庫裏の天井裏で見つかった狸の亡骸の側にたくさんのお米と「福禄寿」の像があったという言い伝えから境内には米俵を担いだ狸の像がある。

ちなみに朱印を賜る際に庫裏から真っ先に出て来てくれたのは小さなお嬢ちゃん。現代っ子とは思えぬ礼儀ただしさから思わず年の頃を聞くと、この春から小学生と。いやはや、歴史ある寺のお嬢ちゃんともなるとこうも立派に育つものかと、次の目的地まで歩く私たち夫婦の話題となりました。

この明白院を最後に奥多摩街道に別れを告げ、多摩川を渡り南岸の吉野街道を東に戻る。冬枯れの木々が続くとはいえ空には鳶が飛び、眼下に流れる多摩川は澄んだ水が流れる。

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灰と黒が支配する冬の里山の中で南天は色彩鮮やか。
なぜか、青梅の家々には南天を植えている家が目立つ。

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三つ目の目的地「地蔵院
布袋様を祀るこの寺の本堂は「五鶴堂」と言われ、安永年間の上棟式の際に上空を5羽の鶴が飛来したというエピソードによる命名だそうだ。日本に限った事ではないが、建築物にはこういった動物のエピソードが付き物なのはなぜだろう。

ちなみに布袋様に手を合わせながら我が妻は
「これ以上こうなりませんように・・・」
要は私の腹が布袋様の立派な「それ」にならぬ様にということ、か。なんとも素直で結構。

四つ目の目的地は再び多摩川を渡り北岸へ。
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青梅には鋳物のポストが当たり前の様に現役を勤めている。
まさに昭和の香り、というよりも昭和そのもの。

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四つ目の目的地「清宝院」
創立は定かではないが、本尊は成田山新勝寺の本尊を分けて安置してあるとのこと。恵比寿様が祀られているこの寺院に達する頃には西陽が暖かく感じられる刻限。賽銭箱の前には老猫が目を細めて日向ぼっこ。恵比寿様って猫だったか?と少しだけ真面目に考える私。

実は七福神巡り、この日は四つ目の目的地で終了。
妻の友人が健脚なのか、我らの脚が鈍いのか、所謂日没サスペンデッド。第五の目的地まで行くには時間が足りぬということで、この先は次回に持ち越し。

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自動車がないと不便なこの街でも、半日の散策とはいえ充分に楽しめる街。オシャレなだけが街の魅力じゃないと言わんばかりの雰囲気作りは好感触が持てる街でした。

東京近郊にお住まいの方は、春や秋にはいい「街歩き」と「里山歩き」が出来そうです。なにせ、街と里山が隣り合わせの街ですから。。。。

さて、この続きはいつになるのやら・・・

Written by Yuichi Seshimo STAGEWORKS.inc


 

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