高校時代に書いたとある文章。

ぼくが高校生の頃、理科の授業の一環で地球環境に関するそれぞれの見解を発表する機会があった。好む科目と好まざる科目への情熱にムラのあったぼくでしたが、ごく自然に自分の言いたいことが表現できたものだ。要約するとこうだったと思う。

 

「地球が誕生して四十数億年。様々な生物が気の遠くなる時間を掛けて進化しては滅んできた。人間社会に由来しない理由でそうなってきたのは言ってみれば自然の道理だとも言えるし、地球上で生きる全ての生き物が身を置く共通の厳しさだと思う。そんな中で人類が突出して進化を遂げ、その結果、人類が生活水準や利便性を追求することは悲しいかな性だと思う。それを業(ごう)とするならばまた仕方のないこと。ただ、我が世の春を謳歌する人類には相応の責任が伴うと思う。人類社会の進歩の弊害で滅びゆく生き物がいることを、そしてその姿を追いやった人類は正視しなければならない。そして、知らねばならない。消え行くどの生き物も人間が作り出すことなどできない存在だということを。ぼく個人はこの理屈を思うときにただただ【恐ろしく】なる。」

 

といった内容。

あれから20年あまり経った現代。変わらないのか変われないのか。でも、これが現実なのだね。

 

 

高校生のとき、あんなことを言っていても何ができているのか。毎月の細やかな寄付くらいなものかな。

Posted By Yuichi Seshimo


 

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