こういうのは実に弱い・・・。

10年もの間、僕の車のメンテナンスしてくれたいたところがなくなる。正しくはメカニックがいなくなる。つい先日、車検のために引き取りに来てくれたメカニックが工場の移転とそれに伴いメカニックは近々皆さん辞めることを伝えてくれた。今の工場から2時間近くも通勤に要するため皆さん通えないことが理由のようだ。

「今回のメンテナンスでこの車を診るのも最後ですね」

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10年間のメンテナンス記録の履歴はコンピュータにきっちり残しておきますから。そう笑うメカニックが思う以上に、事は深刻だ。なぜって、メカニックが次に移る工場は国産車を中心に整備する工場だからだ。僕の車は特殊な工具や機材、コンピュータが整備されていないと対応してもらえない。つまり、僕はこのメカニックとの縁が切れてしまうのだ。

僕はひとつの事をあちこちに任せることはしない。極端な話、お店や値段、評判すら気にしないところがあります。「ここ」って決めたら、変えることをしない。だから、そのメカニックがいない工場は意味がなく、履歴を引き継いだメカニックにお願いする気持ちにはなれないんだな。

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年に6回ほどでも10年になれば60回も僕の車を整備してくれているわけだ。クセのあるアメ車だから、難儀した整備や修理もあったし、マニュアル通りに整備していては決して治らない微調整もしっかり把握している、言わば主治医みたいなものだ。愛想はないけれど、言葉少なに「やってみるだけやってみます」そう言ってレンチを手のひらにペシペシする。メカニックに求められているのは確かな腕であって、愛想ではない。だから、それでよかったのに。。。

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あの地震の日もこのメカニックといた。
この写真を撮ったあとに「働き過ぎだよ。目眩がしてきた・・・」
そのあとにあの揺れ。。。
それ以降、工場にゆくたびに話題になる。
「工場長と話すんだ。瀬下さんが来るとあの日を思い出すなぁって」
そうだわ、僕もそれを思い出す。笑

「これが最後」

なんて言われるのは本当に弱い。
5年前、上京してから18年間ずっと僕の髪を切ってくれていた床屋の亭主が鋏を置いた。
その時の会話を思い出した。

「あれ、今日はお店がさっぱりしてるね」
「ああ、今日でお店最後なんだ」
「嘘でしょ?」
「ううん、本当。それに瀬下さんが最後」
「何で言わなかったの?」
「ほら、うちはメンバーなんちゃらとかないでしょ?」
「うん」
「だから、知らせようがないんだ」
「あ・・・」
「だから、これ」

僕を切ったあとに張り出す予定の手書きの告知紙を出してきた。
それを思い出した。
その後はまるで力士の断髪式。
どこの誰が行きつけの床屋が店を畳むくらいで泣きながらバリカンあてられるよ?

実家にはいつ帰るの?
みんなは息災?
スキーは今年はいつ行くの?
今年の雪はどうなの?

髪型なんて、なんにも言わずにそんな会話。
言わなくても季節ごとにしっくりくるのに合わせてくれたから。

その後は床屋の亭主を恨んだ恨んだ。笑
近場で探して入っても、いちいち説明しなきゃならないし、やれ会員カードを作るだの、予約のルールだのを書かなきゃならなかったし、世間話も何もお互い何も知らないのだから居心地が悪い。結局、今の床屋と出会うまでが本当に難儀だったのだから。

つい先日まで学ランを着ていた僕が、住んでいたボロアパートの斜向かいの床屋に入ったのが始まりで、気づけば亭主も女将さんもずいぶん老けてた。床屋の前の三輪車は自転車に、そしてバイクに変わっていった。時代が変わればいつかは・・・というのもあるのかもしれないけれど、顔を剃ってくれる女将さんのネギ臭い手が好きだったし、年々増えてゆく亭主の腕のエレキバンの数も好きだったのになぁ・・・。

今回もまるで同じ。
結局はなるようになるものだから、いつかは新しく信頼できるメカニックも現れるだろうけれど、今はとにかく寂しい。

でも、こうも思う。
僕は、まだこういう愛すべき仕事人に出会えているだけ幸せだ。
彼らには彼らの人生があるけれど、自分もこんな風に誰かに思われてみたいともね。

 

Posted by Yuichi Seshimo STAGEWORKS.inc


 

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