『高級』な家と出会う。

僕のとある友人は九州の歴史ある港を見下ろす丘の中腹に住んでいる。彼は仕事でその街を訪れて心を奪われた。帰京した翌週には辞表を出して、その週末に彼の地でホテル暮らしをしながら家探しを始めたという猛者だ。

昭和30年代に建てられた和洋折衷の小さな平屋を購入して、少しずつ手直しと改装を行って今に至る。僕はその家に一度だけお邪魔した事があるが、なるほどニヤニヤするほどいい家だった。港を囲む様に『すり鉢』状に街が形成されているので平屋といえども眺望はすこぶるいい。塀を設けず、腰高の生け垣で植栽で庭を囲んでいた。夜になると眼下に広がる和洋中文化で形成された街は美しすぎる夜景に変わる。港に出入りする様々な船の灯りと汽笛が心地よい。

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『朝までそこにいるんか?』

朝まで夜景を眺めていなかったが、朝までコーヒー片手にあれこれ話。年季の入ったいくつかのランプの灯りが充実した生き方をしている友人の顔を照らす。

『この街はな、新年になると同時に港に停泊している船は汽笛を、教会は鐘を、寺は梵鐘を鳴らすんだ。そんな競演で新年を祝う街なんて日本中探したってないぜ?』

『お前、高級な家に住んでるんだな』

『ふはは、そう思うか?』

『ああ』

『その表現、らしいな』

短いその会話は僕たちの共通点を凝縮している。坂と階段に囲まれたその家は、不便さから買い手にも借り手にも敬遠されて4年も空き家だったらしい。物好きな友人に見初められて「結納金」150万円で伴侶となった。4年もの間「やもめ暮らし」だったその家は、250万円掛けて埃を払い、修繕され今に至る。

『高級』と『高価』は違う。

日常では同義の言葉として扱われがちだが、全く違う。友人のようにお金を掛けずに自らのライフスタイルと価値観にフィットした家は高級だ。豪邸であってもフィットさせることが出来なければそれは『高価格』だと僕は思う。お金を掛けずとも高級な家を手に入れることは難しいことではない。ちょっとした発想の転換さえあれば。

彼は総額400万円でも『高級』な家に出会ったのだ。

あ、そんなテーマでワークショップをしてみたいな。。。

どんな選択肢を選ぶとしても、知っていて損はない話だから。

 

Posted by Yuichi Seshimo STAGEWORKS.inc


 

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