情報通ではなく考える力。

人とお話をしていて、時にこんな会話になります。

 

「◯◯さんって建築家は・・・ですよね?」

「これからの家って◯◯ですよね?」

「セオリーって◯◯ですよね?」

 

僕は思うのです。

まるでレーシングスーツのようだ。。。

情報源という様々なスポンサーを全身に貼り付けて・・・

 

どの話もトレンドなのだけど、ソースもはっきりしているし、聞き覚えもある。そのどれもが基本的には正しいとも思う。ただ、僕にとって奇妙なのは一語一句がソースそのものと相違がないということなのです。言い換えてしまえば、見聞きしたそのままを自分の見解にしてしまっているといった感じ。

「それではまるで情報通だよ・・・。」

情報の発信元は企業だったり、アナリストやコラムニストだったりもするものだけど、自分の解釈なしでしゃべっているだけじゃ、レーシングスーツのままなんだけどな・・・・

 

時代は変わっても人のキャパシティなんて爆発的に進化するものではない。にもかかわらず、情報なんてネットからいくらでも吸収することができる。そこにアンバランスが生まれるのかな。大げさに言っちゃえば、情報の流通は進化していても「考える力」は退化しているように思える。情報が悪いわけじゃない。僕だってお客さんには情報はとても大切だと伝えている。でも、それ以上に大事だと伝えるのは「自分だったらどうなのか?」っていうフィルタを通しましょうね。と。他所様が、自分の事を熟知して発信してくれたオリジナルの情報ならいざしらず、不特定多数に向けて発信した情報をそのまま取り入れるなんて危険きわまりないんだから。

 

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建築家の伝記を書くのでないのなら。

最高の家だけど、それはその家のオーナーにとって最高なのだから、あくまでも参考程度に。自分の家は自分にとって最高なものを「いちから」作る!そんな一大プロジェクトのパートナーを選ぶのにソースばっかり集めちゃだめということ。オーナーなのだから直接あってああだこうだと意見をぶつけてしまえばいいのです。それで「この人にならなんでも話せそうだ!」ってなったらあとはうまくいきます。それが、評判や実績じゃなく「自分のフィルタ」を通すという「生の力」になるものです。

 

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不動産投資でも始めるわけじゃないなら。

これからの家づくりの未来に詳しくなる必要なんてありません。自分の家に納得するのは自分たちだけで良いのだから。自分たちの家の本当の価値を与えるのは自分たちだけ。でも、不動産投資でお金儲けをしたいのならば専門の会社にアドバイスをもらいましょう。。。

 

というものです。
情報を一生懸命集めることはいいことだけど、情報に溺れると本来の目的を見失ってしまうものだから。

 

Posted by Yuichi Seshimo STAGEWORKS.inc 


 

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